CFOを悩ますTechnical Debtとは?

by Junichiro Zushi

銀行、監査法人、保険会社、投資銀行、不動産会社、投資顧問会社など、金融に係わるビジネスパーソンが集うFinance Clubというネットワークには、世界中から約90万人が参加しています。LinkedInなどSNSを通じて、様々な情報を日々公開しています。

 

その中で最近”The Financial Implications of Technical Debt”という記事 が掲載されました。著者のErick Frederick氏は、いわゆるフリーランスのCFOで、様々な企業を渡り歩いたプロのCFOです。今回は、この”Technical Debt”についてご紹介します。

  

 

 

テクニカルデットとは?

 

テクニカルデットの解説に入る前に、簡単に、企業のIT投資について振り返ってみましょう。

 

 企業は経営の効率化や事業拡大、新規事業の立ち上げなどのために、情報化や効果的な情報技術の活用促進を目的として巨額のシステム投資、IT投資を行います。CFOは、自社の債務履行に注力し、貸し付けた金融機関も企業の業績や、投資事業のモニタリング、財務内容を網羅的に検証し、貸付先のソルベンシーに目を光らせます。

 

ところが、システム投資やIT投資などは、一旦走り出すとその後の管理・メンテナンスや更新といった分野はChief Technology Officer(最高技術責任者)が分掌することになります。多角化の著しい企業ほど、分野毎のシステムの更新時期が異なり、全社的にシステム管理が統合されず、いつの間にかバラバラになってしまうことがあります。これが、テクニカルデットを顕在化させる原因です。

 

 

システム投資・IT投資の管理・メンテナンス・更新 = テクニカルデットを引き起こすもの

 

 

 

テクニカルデットが発生している状況

 

Frederick氏は具体的に次のような状況を具体例として示しています。

  1. “Using old versions of Windows that prevent you from using new software or applying a security upgrade”(ウィンドウズが旧バージョンのため、新しいソフトが使えない、またはセキュリティーの更新が阻害される状況)
  2. “ERP systems in a vicious circle of being so old and customized they can’t be upgraded, as it would be a “rip and replace” effort”(古い統合基幹業務システムがカスタマイズされており、解決には「完全な置き換え」を要するため、更新するのが困難な悪循環に陥っている状況)
  3. “Similar systems that have overlapping functions in different parts of your organization”(各部門で機能が重複した類似システムが導入されている状況)

 

本来経営の効率化や事業・収益拡大のために導入したテクノロジーが、企業業績の足を引っ張る負担 = ”Technical Debt” に転じてしまっています。

 

“Those from a financial background are well-versed in the mechanisms of financial debt—it’s tangible and easy to calculate. Yet not so for technical debt, which is often misunderstood or mistakenly assumed to be someone else’s problem.”

 

(金融畑の人であれば、有形で定量化しやすい金融債務のメカニズムには精通しています。ですがテクニカルデットには当てはまらず、往々にして誤解されたり、対岸の火事のように誤った見方をされがちです。)

 

  

 

コストとしての2面性

 

テクニカルデットについては、キャッシュコストとして定量化できる面と、定量化が困難な面の2つの側面を持っています。

 

キャッシュコスト

 

まず、テクニカルデットには支払利息のように実質的なコストで、キャッシュコストとして定量化できる部分があります。それでもP&L上は、以下のようなコストで、支払利息と違い間接的な影響を与えます。

  • 既存システムの維持や新しい機能の開発に要するheadcount(人件費)
  • システム統合の相乗効果発揮が遅延したり、セキュリティー違反によって発生する賠償金や罰則金の支払によるoverhead(間接費)
  • システムの陳腐化や市場開拓費の非効率的運用による売上機会の逸失
  • 非効率的な在庫管理システムによる在庫資金working capital(運転資金)発生

 

ソフトコスト

 

一方テクニカルデットには、コストの定量化や引当金の計上が困難であるにも拘わらず、企業のmarket intelligence (市場戦略情報)※1 とproductivity(生産性)に対する影響の大きいSoft Costの側面があり、埋没しがちな、ソフトコストの側面を見逃してはなりません。

  • ソフトコストが会社の市場戦略情報に与える影響として、①環境変化への対応遅延や、②経営判断に必要なデータの情報化不足、及び③データ基盤の一元性・一貫性確保の欠如が挙げられています。
  • 生産性への影響としては、①システムの陳腐化に起因する、従業員の生産性低下、②生産性の低い従業員がデータ取得や操作に時間を奪われ、データ分析を行えない状況、及び③経営幹部がセキュリティー違反問題等への対応に追われる事態

※1 市場戦略情報は、消費者のニーズや嗜好の変化を的確に捉え、その動向を分析するとともに、将来の市場規模とその特徴に影響を及ぼし得るビジネス環境の変化を体系的に検証することをいいます。

 

 まとめ

 

以上のように、テクニカルデットは、表面にあらわれにくいコストであるため、そのマイナスインパクトはじわじわと企業の体力と競争力にダメージを与えるばかりか、一気に表面化し、企業の優位性に決定的なダメージを与えてしまうケースさえあります。

 

CFOは改めて自社のテクニカルデットを”contingent liabilities”(潜在的債務)として認識し、リスクが顕在化する前に打つ手を考える必要性に迫られています。これはM&Aにおいても、知財DDと同じように、買収対象企業が多額のテクニカルデットを抱えていないか、デューディリジェンスの一項目のとしてきちんと検証することが、将来のリスク回避につながると言えるでしょう。


図師純一郎、東京都出身。UCSB (カリフォルニア大学サンタバーバラ校)にてMaster of Arts (MA) in Political Scienceを取得後、三井銀行(現三井住友銀行)に入行。海外の現場で現地企業取引を中心に第一線の業務を担当。外資系銀行に転じ、Vice Presidentに就任。その後も大学で教鞭を取るなど活動の幅を広げる。2015年にアレクシス株式会社を共同設立し、代表取締役CEOとして現在に至る。現場の「臨場感」のある本物のビジネス英語を、若いビジネスパーソンにやさしく伝えたい、という熱い思いは常に変わらない。